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第三部:民主主義運動の前進と学生運動

 第一章 鈴木元氏の学生運動論

はじめに


1.鈴木元氏の大学闘争の理論の根幹は何であったのかこの検証が大切

 
(1)鈴木元氏の思想性を読み解く「キーワード」

 【「再生を願って」では】

 【「写真集」では】

【「同和行政批判」では】

(2)鈴木元氏が書かなかった「キーワード」に彼の本質が見えて来る。


 【「再生を願って」で】(本来書くべき「キーワード」は)

【「写真集」で】(本来書くべき「キーワード」は)

 【「同和行政批判」で】(書くべき「キーワード」は)

(3)立命館大学紛争の概要と背景


2.立命館闘争の総括で鈴木元氏が重視したキーワードは何か


(1)鈴木元氏の学生運動論の根幹は「大学に協力して」?


@「大学」という抽象的概念は、何を指すのか?

A 鈴木元氏の「大学に協力して」の実態は?


B 「大学」は学生も含む概念か

C闘いに参加した学生の思いは「大学に協力して」が主流であった。


D 仲間が存在しない鈴木元氏の学生運動論


(2)川本八郎氏と鈴木元氏は、どのような共闘関係であったのか?

 

(3)学園の「正常化」を勝ち取った。「正常化」とは何を指すのか?

     =この発想は、東大総長代行と自分の考えは同じと自慢=

 
@朝田理論からの脱却は早い段階で取り組まれた(立命館)
 
 【立命館大学のしたたかさ】 

A学内改革は、末川民主主義の否定の上での立命館の再生を行おうとした


3.鈴木元氏の見失った視点は何か!


(1) 学生の要求は前進したのか


(2)平和と民主主義は前進したのか


(3) 大学の自治は前進したのか


(4)学校運営の主役は「学生や教職員」これが末川民主主義


(5)民主主義運動全体の中で総括していない


4.「写真集」小原輝三氏の写真、鈴木元氏「解説」への疑問


 【写真の迫力について】

 【鈴木氏の解説について】

(1)立命館大学に学ぶ学生の要求は何であったのか


(2)我々が戦った相手(敵)は誰であったのか


(3)鈴木元氏の総括に「政治的課題」を全く欠落させた総括にも疑問を感じる


(4)やはり鈴木元氏は、警察の導入を第一義的に考えていた。

   

(5)当時の学友会執行部の実態(堕落)を描いている。

 

5.立命館大学の学園闘争の総括の視点は何か


(1)立命館民主主義を暴力で破壊した「全共闘」と闘うには、暴力でなく、全立命人が団結して、既存の「立命館民主主義」を守ることで跳ね返すべきであった。


(2)立命館民主主義は機能していなかったのか(そうではなく、理解できなかった)


(3)川本八郎氏と鈴木元氏の共闘(命をかけた闘いの)接着剤は何か。


6.宮崎学氏の「突破者」の比較から見えてくるもの


(1)機動隊の活用で「学園の正常化」は汚点が残る


(2)大学の自治を守れは「犯罪者容認の理論」(鈴木元氏)

 

7.鈴木元氏の学生運動論を当時の情勢との関連で批判


(1)国家権力は日本の民主勢力の中での「部落解放運動」をどう見ていたのか


(2) 革新自治体つぶし(統一戦線破壊)と「部落解放同盟」の役割


(3) 立命館大学の学生運動の意義


<6・13立命館闘争勝利大報告集会! 立命大全学共闘会議>



第二章 京都の民主勢力と「部落解放同盟」

はじめに

 

1.「部落解放同盟」は京都でどのような役割を果たしたのか


(1)鈴木元氏の「同和行政批判」の原稿執筆時期と出版の経緯


(2)「同和行政批判」の主張は全面的に賛成であるが、疑問が残る。

 =立命館大学に対する「部落解放同盟」の攻撃が語られていない=


(3)立命館大学は、「部落解放同盟」の糾弾闘争とどう立ち向かったか


@立命館100年史の編纂について(「部落研」の主張等が削除されている)

A産業社会学部の奥田教授は、「我々の『見解』こそが正しかった。」


(4)「部落解放同盟」の京都の民主勢力の中での位置づけ


(5)権力の手先となり民主勢力の分断に果たした「部落解放同盟」の役割(ここでは、その内容を年表形式で説明する。)


(6)この辺の情勢(経過)を鈴木元氏はどのように語っているか


2.朝田理論がもたらした数々の罪悪(補論)

はじめに


(1)民主勢力の中での朝田氏の主張の位置づけ・・・旧社会党の弱点

=朝田氏と真っ向から戦わなかった末川博先生は、朝田氏と通じていた?=


(2)セクハラ議論と朝田理論

 

(3)末川博先生の弱点はあの当時の民主勢力全体が持っていた弱点を共有していたにすぎない。


(4)朝田理論の差別論を行政などが克服できるようになったのは


(5)同和行政の見直しが多くの市町村で始まっている。


(6)なぜ朝田理論の克服に40年もの時間を必要としたか[1]


(7)なぜ朝田理論の克服に40年もの時間を必要としたか[2]


(8)朝田理論克服の動き(「部落解放同盟」の周辺から)


最後に鈴木元氏に送る言葉


1.黙って「立命館の再生」から手を引くべきです

       

2.「再生を願って」の欠陥は・・・鈴木元氏以外はすべて馬鹿という人物評価

 

3.立命館の混乱の原因はどこにあるのか・・「お金本位主義」にかぶれた事


4.立命館が再生できるカギは何か・・「お金本位主義」から「学生本位主義」に戻ることです。